少年犯罪について。親自身にこそ親になるための教育が必要なのではないか。

少年犯罪
千葉で起こった連続通り魔事件。逮捕されたのは20代の青年でした。事件を起こした動機や目的はあやふやではっきりしないけど、こうした事件を見る度に思うのは、なぜこうした非常識な事件って起こってしまうのだろうという疑問。

少年犯罪データベース

原因は家庭環境にある。

過去の少年犯罪を事細かにまとめたサイトがある。戦前の昭和初期のものから網羅されている本当すごいサイトです(参照:http://kangaeru.s59.xrea.com/)。これを見ていると、昔からかなり過激な少年犯罪って沢山あったんだなというのがよくわかります。小学生が人を殺したり、小学生のうちからレイプを40年以上も続けていたという強者まで。常識的に考えるとこうした事件がどうして起こるのか理解できないけど、事件をいくつか見ていると少年の幼少時代の事が書かれている記事も多数あり、原因は子供時代の環境にあるんだなというのがわかってきます。

死刑に反対する人達が、犯罪者の幼少時代の環境を理由にしていますが、たぶんそれと同じ理由です。子供時代の発育過程における劣悪な環境が、その後の犯罪へとつながっているという考え方です。例えば、多重人格障害を持っていたビリーミリガンさんも、幼少時代の家庭環境から多重人格が生まれ、その後の犯罪へとつながっています。つまり子供時代の環境によっては、一般常識では考えられないような異常性のある精神状態になってしまう事があるという事です。

ビリーさんの多重人格は大袈裟な例だとしても、同じように家庭環境に問題があって、犯罪者になってしまう人にも起こってるのではないかと。じゃあ家庭の何が問題なのでしょうか。

親自身に教育が必要。

子育てをする親にとっての問題は大きく2つあると思います。1つは経済的な問題で、もう1つは親の資質です。

経済的な問題とは、例えば片親になってしまった場合などです。これについては国が福祉制度でバックアップしています。もちろんそれが十分かどうかという議論もありますが、制度として存在しています。

問題だと思うのは「親の資質」に関してです。親の資質と言っても抽象的で一言では語れませんが、言うなれば子供を育てていくために親が持ってるべき知識やモラル、愛情といった基本的な基本的な要素です。

少年犯罪データベースを見ていると、親がしっかりしていないケースが多々見られます。十分過ぎるお金を与え過保護に育てていたり、暴力的だったり、逆に全くの無関心で中学生の娘が妊娠している事すら見過ごしてしまうような親だったり。

つまり親が子供の親として機能していくようにならなければ、こうした犯罪者を減らす事はできないと考えるわけです。

親自身に親になるための学習が必要

昔は、集落単位で子供を育てるという風習があったから、まだよかったのかもしれない。周囲には子供の親としての先輩が沢山いて、こうした集落の人達から親になるためのいろはを学べたのだと思う。

でも今はどうか。隣近所すら知らない時代になってしまっているので、子供を育てるために参考になるのは自分の親だけだ。幅広く知識を仕入れる事もできないし、自分の経験の引き出しから子育てするしかない。それでも親同士の関わりから色々学べるところはあるだろうけど。

つまり今の時代は、親になるための学習をする機会が少なくなっているのではないかと思うのです。きっと私たちは子供の頃に、学校の社会や福祉の勉強をする時間に「親はこうあるべきだ」という事を学んでいるはずです。でも子供時代に習った事など忘れているし、そもそも真面目に聞いている訳でもありません。

逆に、動物であるヒトは親になるのは当たり前で、親としての資質はDNAレベルで刷り込まれているはずと考える見解もあると思います。しかし人間社会が変化し、モラルや風土や生活習慣が変化する中で、親としての必要な資質も変わってきていると思います。

だからこそ、親になるための学習というのが必要かなと思うのです。

LINEを使ったデジタルの中でのコミュニケーションはドンドン発達しています。逆にリアルでのコミュニケーションは希薄化していっているかもしれません。特に日本の場合は海外のように毎週教会に集まるといった、交流の仕組みも社会の中にありません。問題を抱え込んでしまう可能や、そもそも問題に気付かないままになってしまう可能性も十分にある社会です。

そうした社会の中で、親自身が親として学ぶための制度や環境が整っていけばいいなあと、妄想してみました。

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